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身をきれいにすると罪の意識が消える?消費者の罪悪感をチャンスに変える[その1]

本記事の主な対象:

シェイクスピアによって書かれた戯曲『マクベス』をご存知でしょうか?勇猛果敢だが小心な一面もある将軍マクベスが妻と謀って主君を暗殺し王位に就くが、重圧に耐えきれず錯乱して暴政を行い、貴族や王子らの復讐に倒れるというストーリーです。*1 マクベスの妻は罪の意識から、王の殺害後、自らの体を執拗に洗い流すのですが、この有名なストーリーから、自分の道徳的純粋性が脅かされると、自分の身をきれいに洗い流したくなる効果(通称「マクベス効果」)を実証した研究があるので、ご紹介します。

この研究結果から、日常生活で消費者がちょっとした罪悪感が生じる場面において、トイレタリー用品(石けん、洗剤、歯磨き粉等)や飲料、香り関連商品を販売することができれば、売上を伸ばすことが可能かもしれません。

それでは、具体的な2つの実験を見てみましょう。

 

こ過去の自分の非倫理的な行為(これは人によってかなり程度差がありそうだが・・・)を思い出す、という些細な介入で、「身をきれいにする」ことに関する単語に敏感に反応するようになるのであれば、私たちは普段の生活の中で、知らず知らずのうちに、ちょっとした罪悪感を感じては、より自分の身をきれいにする商品やサービスを選択している可能性があります。例えば、体重や脂質を気にしているのに、こってりラーメンを替え玉してしまった後に、ミネラルウォーターをたくさん飲む、などが考えられます。これが研究者の言う「マクベス効果」です。

次の実験②は、実験①とほぼ同じテーマですが、罪の意識を喚起させる操作方法を変えても、実験①と同様の結果が出るかを確かめています。

 

 

実験①とは違う操作方法(短い文章の書き写し)で罪悪感を喚起しているが、実験①同様に、
罪悪感を喚起されたグループの方が、トイレタリー用品の評価が高まったので、「マクベス効果」は確かに成り立っていると思われます。これは、身体的な純粋さ(“身をきれいにしたい”)と道徳的な純粋さ(“非倫理的なことをしたくない”)に関連する感情が、人間の進化の過程で、社会的、文化的な意味・つながりを持つようになり、脳の前頭葉や側頭葉を中心に、部分的に重複する脳領域で処理されるようになったことに起因するようです。*2

 

応用1:喫食にまつわるシーンで
日常生活で消費者がちょっとした罪の意識を感じる場面でまず思い浮かぶのは、自身の意思の弱さが露呈しやすい喫食にまつわるシーンではないでしょうか。
例えば、

  • 仕事中、お菓子を食べるのをやめられなかったとき
  • 飲んだあとの締めに誘われるがままにラーメンを食べてしまったとき
  • コーヒーだけにしようと決めていたのに、ケーキセットにしてしまったとき

など。

最近は手洗い習慣がすっかり定着し、泡で洗うタイプが増えています。たっぷりの泡で手を包み込み指や手首までしっかり洗ったあと、一気にすすぐことで罪の意識をさっぱり洗い流すことができそうです。さらに、人間の五感のつながり(クロスモダリティ)を利用して、さっぱり感を助長するようなアロマの香りを加えたり、洗浄中に泡の色が変わることを罪意識の軽減サインにするなどして、より効果実感を高めることが考えられます。家の中でも外でも、仕事中でも……どこでも手軽にできる免罪符としてのハンドソープは除菌だけでない浄化の価値づくりにつながるかもしれません。


参考事例)
泡の色の変化で楽しく手洗い習慣化現代ママを助ける「あの手、この手」アイテムが登場!/レキットベンキーザー・ジャパン株式会社
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000003.000025618.html

 

応用2:日常の中で小さな罪悪感を感じるシーンで

人との関係性の中で生まれる日常の小さな罪悪感もたくさんありそうです。
例えば、

  • いつも仲良くしている友人のSNSのポストを見て、妬ましく感じたとき
  • 同僚と食事をしたとき、上司への愚痴をひとしきり話したとき
  • 友人からの誘いを、面倒くさいからスルーしたとき

など

口は食べると同時にコミュニケーションに欠かせない器官で、口は禍の元、物言えば唇寒し秋の風などことわざも多く、口の仕草から心理を読むことができるともいわれています。
そこで、次は口を通して罪悪感を洗い流す視点で考えてみます。近年、無糖炭酸飲料市場が伸びています。プレーンタイプの炭酸水の生産量は2019年時点で10年前から約8倍伸長(全国清涼飲料連合会調べ)したそうで、このクリアで刺激の強い炭酸水の味わいとのど越しは、罪の意識を洗い流すのにピッタリだと考えられます。炭酸の強度を変えた「エキストラ・すっきり」~「マイルド・すっきり」など心理状態に合わせた展開や、罪悪感がなくなった後になれる気持ちに合わせたフレーバー展開(思いやり、ニュートラル、前向き等)があれば、職場やワーキングスペースなどとのコラボレーションにも相性がいいかもしれません。リフレッシュメントを超えるエモーショナルな価値の創出につながるのではないでしょうか。

参考事例)
SHARE LOUNGE(シェアラウンジ)で強炭酸水VOXを期間限定でフリードリンク提供/フォルダ株式会社
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000010.000069875.html

参考文献:Washing Away Your Sins: Threatened Morality and Physical Cleansing
*1ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/マクベス_(シェイクスピア))
*2 Jorge Moll et al (2005), “The Moral Affiliations of Disgust: A Functional MRI Study”, Cogn. Behav. Neurol. Vol.18

 

著者:板生研一
WINフロンティア株式会社代表取締役社長兼CEO/東京成徳大学経営学部特任教授/MBA、医学博士

  • 一橋大学法学部卒、東京大学大学院中退、英国ケンブリッジ大学経営大学院経営学修士(MBA)、順天堂大学大学院医学研究科博士課程修了(博士(医学))
  • ソニー株式会社(現ソニーグループ)にて、エレクトロニクス及びエンターテインメント事業の事業企画・マーケティング等に従事した後、外資系コンサルティング会社等を経て、2011年にWINフロンティア株式会社を創業。
  • ウェアラブルセンサ等から取得した日常時の自律神経データを解析して、「ストレスの見える化」に関する医学論文を複数発表し、医学博士号を取得。
  • 研究領域:ウェルビーイング時代における感情マーケティングと消費者行動、従業員エンゲージメントと健康経営、ウェアラブルセンシングによるストレス・マネジメント
  • 主な著書:『生体データ活用の最前線 ~スマートセンシングによる生体情報計測とその応用~』 (第4節 心拍変動解析・自律神経計測による心身状態の可視化と応用サービス、 サイエンス&テクノロジー社、2017年)他多数

応用執筆:殿村江美
WINフロンティア研究所研究員、㈲E.flat代表、産業カウンセラー


大手広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。健康・美容分野での事業開発、ブランディング、商品開発などの経験を積む。多様なウェルビーイングがある中で、人々がポジティブな感情で生きられる生活価値をつくり、届けるマーケティング活動に注力する。

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