ライフバランスマネジメント研究所 代表
渡部卓(わたなべたかし)さん
“気疲れ”ストレスが増えている
編集部:働く人のメンタル状況はどのように変わってきていますか?
渡部:ストレスの原因を考えた時、「気疲れ」が増えていると感じます。上司や同僚への気疲れもさることながら、さまざまな人間関係や家族問題、介護の問題、また、SNSの中で孤独を感じたり「いいね」を気にしてしまう、そのような広範な「気疲れ」が蔓延しています。繋がっていることが煩わしいという人も増えていると感じます。
また、IT社会になり、管理のためのインプットが増えている、報告書の体裁などを気にして時間がかかる、といった問題、そして、上司との対話が少なくなることで後々問題になる “ディスコミュニケーション”によるストレスも最近の特徴です。
転職を考える人も増えています。会社の行く末が不透明な時代であることに加えて、情報化社会で色々なキャリアの話が耳に入ってきます。昔は身近な周囲の誰かがロールモデルだったのですが、今は周りにモデルがいないうえに、テレビやネットで情報を大量に取得できて美談も多いです。理想が高くなったり、こんな上司の下で大丈夫だろうか?と思ったり、不安やストレスに繋がっているのではないでしょうか。
経営にメンタル視点が不可欠な時代
編集部:実際にメンタル不調を訴える人も増えているのでしょうか?
渡部:精神科の専門医による手厚い診療が必要なケースは、働くひとの1割もいないのではないでしょうか。ただ、日常的に不安やうつを感じる働く人は過半数を超えると言われます。つまり、メンタル不全はいつ誰にでも起こりうるのです。
逆に、うつなど経験したことないと豪語する人のほうが私からみると心配な面が多くあります。気持ちのブレは誰にでもあるものなので、その振れ幅を一定範囲にコントロールできるかどうかが肝心です。
また、「社長が元気すぎる会社には、うつの社員が多い」というのは、メンタルヘルスの専門家やカウンセラー、人事や労務スタッフの間では半ば常識となっている事実です。
もちろん、社長がいつも暗い顔をしていたり、病弱で覇気がなかったりすれば社員も不安になって仕事の士気も上がらないのは言うまでもありません。いつも元気で前向きだというのは社長の条件のひとつだといってもいいくらいです。ただ、「元気すぎる」のは考えものです。
社員や部下がストレスからうつ病になった、と聞いても、それは本人の性格や個人の問題と決めつけてしまうことが多いです。社長が無関心のままでは、その企業のメンタルヘルス対策、そしてその先の力強いメンタルタフネス経営の展開には進みません。社員がストレスを溜め込まず心身を健康に、ワークライフバランスを維持しながら生きがいをもって働けるかどうかは、社長の責任さらに企業の社会的責任だといっても過言ではありません。
メンタル不全は個人の特殊な問題というより、すでに社会問題として看過できないところまできていると思います。自分でどうにかしようにも普通のビジネスマンにはその術がないのです。
セルフケアの視点
①自分を客観視する「嫌なことの振り返り」
編集部:心が折れやすい人が心がけるとよいことは何でしょうか。
渡部:性格ですべて語れるわけではありませんが、私の経験から、心が折れやすい人というのは「心配性」の人が多いと思います。心配ごとは、大抵心配しているより何ともない取り越し苦労であることが圧倒的に多いのですが、次から次へと心配事が出てきて疲弊してしまうイメージです。
そういうネガティブなスパイラルに陥らないために、このようなタイプの方には「日記」を書くことをお勧めしています。あまり構えずに、嫌なことや頭にきたこと、悲しかったことなどを中心に書き溜めていくというものです。
「嫌なことを書いたら余計嫌になるのでは?」と思うかもしれませんが、実はその逆なのです。例えば、上司にとても酷いことを言われたとき、その気持ちを、最悪を10点として何点くらいかを書き留めます。例えば10点満点中8点の怒り!みたいなことを書いておくのです。学会でも発表したことがあるのですが、このように嫌なことを書き出して点数をつけた後、1週間後、1カ月後に自分でもう一度そのときの感情を見直します。そしてもう一度その時を振り返って気持ちをつけ直してもらうと、8割の方の点数が改善されました。
ここからいえるのは、自分を客観的に振り返ることが大事だということです。時間を置いて振り返れば、「あのとき上司は機嫌が悪かったけれども最近はそうでもないな」とか、「そういえば、隣の山田さんにも怒鳴っていたから別に私だけではなかったな」とか、そういうことが見えてくるのです。逆に言えば、私たちの思い込みや誤解や偏見が、自分を苦しめているのです。
海外と比べると見えてくる非効率な働き方
編集部:「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)」という言葉も一般化していますが、現実のところはどうでしょうか?
渡部:そうですね。やっぱり「日本人は働き方が下手」と言われています。オンラインで会議ができることが分かった今、ダラダラ会議は以前と比べて減っているかもしれませんが、依然として日本は会議が多いです。海外では、会議の到達目標が明確で進捗を確認しながら行います。ですから、例えば会議で遅刻する人がいても、終わりの時間はしっかり守ります。
また、組織という点で、日本はまだまだヒエラルキーがあり、ピラミッドを上がっていくのに時間がかかりますし、責任の所存をはっきりさせない、根回しに時間がかかる、といった非効率的な働き方が多く残っていると思います。特に海外と比べた場合、これらの点が変わっていかないといけないと思います。
セルフケアの視点
②アクティブ系とパッシブ系のバランスよい休息を
編集部:働く人の悩みとして、オン・オフの切り替えが上手くできないという声をよく聞きます。
渡部:意識的なオフが大切です。休息には、アクティブ系(積極的)とパッシブ系(受動的)があって、アクティブ系だけだとストレスを抱えてしまう人が多いのです。なぜなら、常に目いっぱい活動してしまうことになりますから。
海外は圧倒的に休みが長いです。長期間休みをとれると、アクティブ系とパッシブ系をバランスよく組み合わせることが可能になります。一方、日本はせいぜい1週間ほどの休暇です。そなると、どうしても目いっぱいギリギリまで遊び、活動して、休暇が終わる頃には疲れている、といった傾向があると思います。
編集部:働く人たちにおすすめのオフの取り方、渡部さんのオフ法はありますか?
渡部:私は軽井沢に小屋(小さな別荘)を持ち、そこに行くことでバランスをとっています。“セカンドハウス効果”と呼んでいます。もちろんそこまでしなくても、クルマに乗って2時間程度の場所へドライブするのもいいと思います。道中いろいろなことを考えていると、頭の整理ができます。ドライブすることで不安やイライラみたいな気持ちが目的地に到着するころには半分以下になっています。
遠出ができない場合は、音楽もお勧めです。私はゴスペルを歌うと心が整うことを実感できます。習っているウクレレやギターを自分の部屋で弾いているだけで、多少嫌なことがあった日でも機嫌がよくなっていくのがわかります。いわゆる音楽療法に近いものがあるのだと思います。
最近の若い人はクルマに乗らない、あるいは自然に触れることをストレスに感じるという人も増えていて、オフに何をするかは、世代によって感覚が違うということも感じています。自分に適する過ごし方でいいので、とにかく仕事から離れる、アクティブ系にばかり偏らないバランスの良いオフ時間を作ることを意識づけることが大切です。
編集部:最後に渡部さんの今後の抱負をお聞かせください。
渡部:先ほどもお話したように、「社員が心身ともに健康で生きがいをもちながら働ける職場環境とは何か」「どうすればそれを実現できるのか」は引き続き大きな課題です。なぜなら、多くの人が1日のうちの長い時間を仕事の時間に費やしているからです。
そして、そうした環境の中で、自分を変えていけるのは働く人一人一人です。私としては、みなさんが自らの手でメンタルをタフにしていくお手伝いをライフワークとして、これからもサポートしていきたいと思います。
著者紹介
渡部 卓(わたなべたかし)
帝京平成大学人文社会学部・大学院環境情報学研究科 教授、ライフバランスマネジメント研究所代表、産業カウンセラー、エグゼクティブ・コーチ
グローバル企業からベンチャー企業まで、豊富な職場とマネジメント経験をもとに、職場のメンタルヘルス対策、ワークライフコーチングの第一人者として、講演、企業研修、教育分野、マスコミでの実績は海外も含めて多数に上る。著書に『折れない心をつくる シンプルな習慣』、『明日に疲れを持ち越さないプロフェッショナルの仕事術』、『人が集まる職場 人が逃げる職場』などがある。